さて、今回はニュージーランドの医療システムの中級編です。
「あまり詳しい事は必要ない。ニュージーランドに旅行に行った時に知っておくべき、最低限のことだけ知りたい。」と言う方は、ぜひ基礎編をお読みください。
日本のシステムのおさらい
まず、日本の医療保険のシステムを、ざっとさらっておきましょう。
各国の医療保険や医療費の仕組みは、その国での医療自体がどのように行われるかに大変影響していると、私は思います。
その意味でも日本とニュージーランドのシステムの違いを理解することは、医療自体の行われ方を理解するのに役立ちます。
(医療従事者の方には常識の事ばかりだと思いますので、最初の部分は飛ばしてくださって結構です。)
医療保険
日本では国民皆保険を目指しており、仕事をしているか否か、働いているならどの企業で働いているかによって、国民共済保険、協会健保、共済組合、健康保険組合などの保険に入っている事が期待されています。
保険に入っていれば、患者はかかった医療費の内の1−3割を払い、残りは最終的には政府が払うということになります。
この保険とは別に、75歳以上の高齢者の医療費をカバーする後期高齢保険や高額療養費の補助があり、実際に患者さん払う費用はこの割合よりも低くなる可能性もあります。
この辺りの詳細は厚生労働省のウェブサイトに詳しく、わかりやすく説明してありますので、もっと深く知りたいという方は、そちらを参照にしてください。
このウェブサイトを見てわかることは、
- 若い人が多く入っている共済保険では、平均の収入が高く、その分保険料も高くなっている。
- 年老いた世代が多い国民保険加入者は、収入が少ないため保険料が少ない。
- かかった医療費は、国民保険に加入している人の方が平均して多いので、結局は若くて元気で収入の多い人達が、年老いた医療費のよりかかる世代を支えている
と言うことです。
開業医や病院での医療報酬システム
日本では開業医や病院、薬局などへの報酬は、基本的に診療報酬のポイントシステムからなっています。
診療報酬点数1点が10円で計算されます。医者や薬剤師が何をしたかにより、それぞれのサービスに点数がありますので、それを加算し、診察や入院の医療費が計算されます。
例えば2018年10月現在、
頭痛がするので、開業医に初めて受診し、血圧が高いことを指摘され、どのようにしたら下げれるか、どのくらいの血圧を目標にするかなど指導され、また頭のCTを取るために他の機関に紹介されたとします。
この診療に対して、どのように点数が付けられるかというと、
初診料は 282点(=2820円)。
血圧の管理に対して 1035点(=10350円、月1回まで)。
紹介状を書いたら、診療情報提供料 250点(=2500円、月1回まで)。
合計 1567点なので、医療費としては15670円かかることになります。
患者が3割負担であれば、15670円の3割の4701円を医院の窓口で払うということになります。
こういった感じで、日本ではどんな項目のサービスを受けたかによって、請求される医療費が変わります。
これだけの診療(医者が患者さんの話を聞いて、血圧を取って、色々な説明をして、紹介状を書いてと言う一連の作業)を5分で済ませても、30分かけても医療費は15670円ということです。
違う見方をすれば、少ない時間の間にできるだけ多くのサービスを詰め込めば、時間あたり医師が得る診療報酬は多くなるわけです。
クリニックの経営を考えれば、限られた時間に多くの患者を診ることにかなりの金銭的なインセンティブがあります。
日本の医療システムの要点
1. 日本では国民皆保険を目指している。
調べてみると、保険料はそんなに安いとは言えませんが、医療保険に未加入だと自分が払う医療費が非常に高くなるため、毎月の保険料が高くても、保険に加入しないという選択肢を取り難いと言う感じがします。
また、会社勤めの人は給料から保険料が自動的にひかれるため、あまり保険料の額を意識することがないかもしれません。
2. 保険に加入している人は、実際にかかった医療費の何割かを、実際に医療サービスを受ける時点で支払う。
別の見方をすれば、医療費の7−9割を国が払ってくれるという実感があるので、かなり高額な医療費を支払うことになっても、満足感が高い可能性があります。
3. 患者さんはどの開業医でも自分で選んでかかることができ、同じ医療をどの開業医で受けても同じ医療費がかかる。
4. 開業医の立場から見ると、より短い時間の中に、より多くのサービスを行えば、時間当たりの診療報酬が増える。
ということです。
ニュージーランドの医療費システム
医療保険料
基礎編に書いたように、ニュージーランドでは、国民保険と全く同等の毎月払う保険料はありませんが、怪我だけをカバーするAccident Compensation corporationの掛け金は、毎年その人の収入や職業に応じて払う義務があります。
この掛け金は税金のようなものですね。
他には民間の医療保険があり、これは義務ではありません。いろいろなプランがあり、何がカバーされるかも違うので、自分の必要に合わせて加入したい人は入ります。
日本のガン保険とかと同じような感じですね。
GPでの診療費
一般的には、”受診料”は、15分間 自分のかかりつけのクリニックのGPのコンサルテーションを受けるのにかかる費用です。
もしも何かの理由で、かかりつけのクリニックに患者として登録していないと、政府の補助を受けられないため、受診料は普通の倍くらいになることを覚悟しておいてください。
コンサルテーションが15分以上かかる時には、GPの裁量で、この受診料以上の額を患者さんに請求することもできます。
(私は、15分で1人の患者さんの診療を終わらせられることの方が少ないのですが、余分に受診料を請求することはほとんどありません。
本当は自分の知識と技術を安く売っていることになるし、クリニックの経営を悪化させるので、良くないのですが。)
GPの受診料は、13歳未満は無料(2018年10月現在。今後変わる予定あり)で、それよりも年齢が上の人は普通有料です。
通常は患者さんがどの世代に属するかによって、受診料が異なります。
普通、20歳未満は安くて、20歳以上の通常は仕事を持っている年齢は最も高い。年金で生活している65歳以上はまた安くなるというパターンです。
これは政府の補助金(キャピテーション)が世代によって違うことが関与しています。
この受診料は、どこのクリニックもニュージーランド中、一律という訳ではありません。富裕層の多い地域では、高い事が多いです。
低所得者が多い地域では、政府から余分の資金を得ているクリニック (Very Low Cost Access, VLCA)もあり、そこでの受診料はかなり安いです。
ただVLCAのクリニックに登録していれば、高所得者でも安い受診料でGPにかかる事ができるので、VLCAクリニックは登録患者数が多くて、患者さんが新規に登録できないことが多いようです。
ここで、私の働いている、低所得者が比較的多い街と、お金持ちが多いと言われている地域のGPの受診料を比べてみました。(この記事を書いた最初に書いた時点での受診料です。2019年現在は、13歳まで無料になっています。)
クリニックAとBは、政府からVLCAクリニックです。
クリニック | 0-12歳 | 13-17歳 | 18-64歳 | 65歳以上 | |
私の街
|
A | 無料 | $10 | $15 | $15 |
B | 無料 | $8 | $8 | $18 | |
C | 無料 | $27.5 | $37 ~ 40 | $36 | |
D | 無料 | $30 | $41 | $38 | |
富裕層の多い街 | E | 無料 | $32 | $45 | $45 |
F | 無料 | $38 | $49-57 | $45 |
64歳の患者さんが、クリニックAに登録し15分の診療を受けた場合、診療費として窓口で請求されるのは $15 です。その患者さんが引越ししてクリニックFに登録して、また同様の15分の診療を受けたら、クリニックFの窓口で は$57 請求されます。
日本に似ているのは、ニュージーランドでも、予防接種、子宮がん検診、関節内注射、小手術など他のサービスをすると、患者さんにはその分の医療費を通常の受診料に加えて請求できると言う点です。
ただ、これらの付加できる医療費は、何か技術的なサービスに対してというものがほとんどで、例えば血圧やコレステロール、運動、食事に対して指導したり、薬について説明したりしても、クリニックが余計に患者さんに医療費として請求できるものはありません。
ただ、こういった慢性の疾患の患者さんの診療については、別に政府の補助があり、患者さんが無料で定期的なチェックアップを受けることが可能です。
受診料が時間で設定されていると、例えば15分間患者さんと世間話しても(この世間話が、もちろん患者の家族や仕事についての話しであったりして、どうやってストレスを抑えるかの話し合いになり、意味があることも多いのですが)、15分間に神経学的所見を取り、良性突発性頭位めまい症を鑑別する手技をして、最終的に小脳梗塞を疑って病院医師に連絡し、患者さんを病院の救急外来に送っても同じ診療費しか医者は請求できません。
(世間話をしにくる患者さんはあまりおらず(笑)、15分間に3つも4つも問題を医師に投げかけてくる患者さんが大半ですが。)
日本の「やればやるほど、かかった診療時間に関係なく医療報酬が高まる」システムと、
ニュージーランドの「どれだけ多くのことをしても、時間で報酬が決まっている(時間が長くなって、ほとんど患者に余分に診療費を請求しない)」システムでは、
治療に当たる医師の心構えに違いが出てくる可能性は大きいと思います。
当然、どちらのシステムにも利点と問題点があると思います。ニュージーランドで働く医師の一人としては、患者さんの教育をしたり、精神的な援助をしたり、一回の診察でできるだけいろいろカバーしようとする努力に対して、金銭的な形で見返りがあればいいなあと思います(笑)。
処方箋
診療中に書いた処方箋は余分に費用を請求することはないのですが、例えば電話で患者さんが次の処方箋を求めてきた時は、決まった処方箋代を請求できます。
(うちのクリニックは現時点で$15。富裕層が多い地域では$25とかそれ以上のクリニックもあるようです。)
他の専門医を受診時の費用
これは初級編で書いたように、公立病院なら無料。
私立(プライベート診療)なら、1回の診察で$250位かかります。
検査や手術などが行われれば、医者や他の医療従事者への費用、薬剤費などがすべて加算されます。
薬局での薬剤費
薬剤は、pharmacという政府の機関が、どの薬に対して政府から患者さんに資金補助を提供し、どの薬には出さないかということを決めています。
ジェネリックの薬の費用には政府の援助を与え、先発の薬には援助しないという形で、基本的には値段の安いジェネリックの薬を、医師が処方するように勧めています。
患者さんが高くてもいいから先発の薬が欲しい、ということであれば、ほとんどの場合は処方が可能です。
通常の薬は3ヶ月を限度に処方でき、経口避妊薬は6ヶ月まで処方できます。モルヒネなどの薬は1ヶ月ごとにしか処方されません。
基礎編に書いたように、政府の援助がある薬は、一つの処方箋に載っている一つの薬につき、患者さんは$5薬局で支払います。一年に20アイテム以上の薬を処方されると21番目の薬からは無料になります。(例えば、常用薬が7つあり、2月から3ヶ月ごとに処方されていると、8月から3ヶ月分処方された分の7番目の薬と11月に処方された薬のすべてが無料になります)
ニュージーランドの医療システムの要点
1. 自分のかかりつけのクリニックを決めて登録し、そのクリニックにかかる。
もしも登録していないクリニックに行くと、政府からの援助が受けられないので、倍ぐらいの受診料を払わないといけなくなります。
2. GPの診療費は同じサービスを受けても、クリニックにより異なる。
3.他の専門医にかかりたい時でも、通常はGPを受診し、そこから紹介されないといけない。(基礎編参照)
4. GPが受け取る収入は、クリニックのオーナーであるか、どのような契約がクリニックとなされているかによります。
多くの患者さんを診るほど収入が上がるのは日本と同じですが、一人の受診時間は15分のため、通常の勤務時間で1日に30人以上診るのはほぼ不可能。
さらに、このGPでの受診料などが、政府の補助とどのように関係あるか興味のある方は、後日「上級編」を書く予定ですので、そちらを読んでみてください。