血圧が高くて薬を勧められたり、コレステロールが高いからスタチンを処方されたことがありますか。
CVD リスクという言葉を聞いたことがありますか。
こんな方に、まず私の結論をお伝えします。
(既に心筋梗塞、狭心症、脳梗塞などの診断がついている人や他の理由でCVD リスクの高い方は少し異なりますので、かかりつけのGPと話をしてくださいね。)
1. 薬を服用することで、あなたがどの程度の益を受けるか、確率論でしか言えない。
2. あなたのリスクが高いほど、利益を受ける確率は高いが、薬を飲んだからといって全員の病気が防げるわけではない。
3. 薬を飲むよりも、運動や食事を気をつけて、喫煙者は禁煙するなど、自分でできることでリスクを下げるほうが望ましい。
はじめに
CVDとはCardiovasucular diseaseということで、日本語で言えば”心血管疾患”です。
具体的にいうと心筋梗塞、狭心症、脳梗塞や末梢動脈疾患など、動脈が固く狭くなって起こる病気です。
General Practitioner (GP)が行っている仕事の一つは、予防的な医学であり、いかに心血管疾患が起こるのを防ぐかというのはその代表的なものです。
GPのクリニックに行くと、よく禁煙を勧められたり、食生活や運動について話をされることがあるかと思いますが、これらは患者さんの年齢、性別、人種にかかわらず重要です。
では、それに加えてGPは何をしているかというと...
まずスクリーニングをして誰がリスクが高いかを見つけます。
CVDリスクが高い人には、もう少し時間をかけて、”実際のリスクはどのくらいと見込まれるのか”、そして”そのリスクを下げるには患者さん自身は何ができるか、医者は何をして手助けできるか”を話し合います。
リスクはどのように計算されるか
リスクの計算には、いろいろ違った方式がありますが、基本的には
- 年齢
- 性別
- コレステロール値
- 血圧
- 喫煙の有無
- 糖尿病の有無
が重要な点です。
他には、人種、降圧剤を使用しているか、蛋白尿があるかなどが考慮に入れられる計算方式もあります。
これらの要素を合わせ、向こう5年間 (または10年間)にその人が心筋梗塞、狭心症、脳梗塞などの心血管疾患を起こす確率がどのくらいかをパーセンテージで計算します。
以前はニュージーランドのHeartFoundationがHeart forcastとと言うものを載せていて、自分の情報を入れると、自分のリスクがわかり、さらに何かが変わるとどのようにリスクが変わるか、と言う情報が目に見て取れるようになっていました。
例えば喫煙者が、現在のリスクと禁煙した時のリスクの変異が見られたので、禁煙するモーティベーションをあげるのに役立ちました。残念ながらこのページはなくなってしまいました。
こちらのカナダのウェブサイト - The Absolue CVD risk/Benefit Calculator - は似たような機能があり、このページの右端には”ニュージーランドのPredict”とあるので、それを選んでやってみてください。
他に、これもカナダのウェブサイトでProject Big Lifeがあります。こちらのウェブサイトでは、CVDリスク以外にもlife expectancy (平均余命)などが計算できます。
2019年現在の、ニュージーランドにおけるCVDリスクのスクリーニングのガイドライン
もっとも最新のものは2018年2月に出されたもので、以前のものから少し修正されました。
英語のガイドライン全部を読みたい方はこちらです。ページの右上にリンクがあります。Cardiovascular Disease Risk Assessment and Management for Primary Care
今回の更新の要点は
1. マオリ、パシフィック、南アジア人は、他の人種より早く、男性は30歳、女性は40歳でスクリーニングを始める
(その他の人種で他の知られているリスクがない人は、男性45歳、女性55歳からスクリーニングを開始することが勧められています。)
2. 今回新しく、以下の患者は臨床的にリスクが高い(5年のリスクが15%より高い)とみなされ、積極的な管理が必要とされる人たちは
- 心不全の患者
- 内頸動脈や冠動脈の病変が認めらる患者(無症状)
- 腎機能障害がある患者(eGFR < 30 mL/min/m2 または糖尿病があり < 45 mL/min/m2 )
- 重篤な精神疾患のある患者(高リスクとみなされ、CVDリスクのアセスメントを25歳から始める)
です。
リスクの数字は何を意味するか
あなただったら、向こう5年間に心筋梗塞や脳梗塞になる可能性が何パーセントと言われたら「高いなあ」と思いますか。また、何パーセントなら「低いから気にしなくていいなあ」と思いますか。
ガイドラインでは
- 5%未満 - 低リスク
- 5−15% - 中程度リスク
- 15%以上 - 高リスク
としています。
この世の中に100人あなたと全く同じ条件の人間がいるとします。同じ性別、年齢、人種、血圧、コレステロール値、喫煙と糖尿病の有無も同じで、腎機能や心機能は悪くないとします。
10%というのは、この先5年の間にこの100人のうちの10人が心血管疾患を発症するということです。(発症した10人が死ぬわけではありません。)
この人数が15人を超えると、”100人中15人というのはリスクが高いので、薬を使ってでもリスクを下げるよう、患者さんと話し合いましょう”ということになる訳です。
降圧剤やスタチンなどはどのくらいの確率で、あなたを心筋梗塞や脳梗塞から救う可能性があるか
スタチンはコレステロールを下げる薬として、世界中で使われています。
GPが処方する薬の中では、どちらかというと嫌われ者です。(抗生物質が好きな人は多いのですが)
インターネット上でもいろいろと批判され、患者さんの中には”絶対スタチンは服用しない”という人や、内服を開始して、副作用がなくても”やっぱり悪い話を聞いたから、止めました”という人はよくいます。
では、スタチンでコレステロールを下げたり、降圧剤で血圧を下げることはどの程度あなたが心筋梗塞や脳梗塞になる可能性を下げてくれるのでしょうか。
またどのくらい確率を下げてくれるなら、薬を飲んでもいいかなあ、とあなたは思いますか。
前出のMinistery of Healthのガイドラインを見てみましょう。
Lipid (脂質)の項からの抜粋です。
”Statins are the preferred choice of lipid-lowering drugs with each 1.0 mmol/L reduction in LDL-C associated with a 25 percent relative risk reduction events over five years”
(スタチンが脂質を下げるのに使われるのが望ましい。この薬でLDLコレステロール➖いわゆる悪玉コレステロール➖が1.0 mmol/L下がると、この先5年間の相対リスクが25%下がる。)
とあります。
(*こういった数字は実際はいろいろな研究の結果から得られた訳で、その研究はいろいろと異なった人口を対象にしているので、日本人で中年の私にも、西洋人の若者にも共通して同じ相対リスクが減少するとは言い切れないのですが、今回の私の記事ではその辺りは深く追求しません。
多分このLancetに載った研究などから、このガイドラインの数字はきているのだと思います。この”相対リスク25%減少”というのは、他の論文に比べるとかなり良い値のようです。実際にはこれほどもメリットがないかもしれません。)
例えば、私のLDLコレステロール値が5.0 mmol/Lだとします(これはそこそこ高い値)。
そして私のCVDリスクが、20%と計算されたとしましょう。(これもそこそこ高いリスク)。
100人私と同じ条件の人間がいたら、そのうち20人は向こう5年間に心血管疾患になる確率だということですね。5人に1人ですから、なんとなく確率が高そうだな、と言う感じはします。
そこで、この100人の私と同じ条件の人達がスタチンを内服し、LDLコレステロールの値が5.0から4.0 mmol/Lに下がったとします。
それで相対リスクが25%下がると ...
”20%の25%分リスクが下がる。つまり20%のリスクが、15%のリスクになるということです。
100人にスタチンを与えてLDLが1mmol/L下がれば、スタチンを取らなければ100人のうち20人が心血管疾患になるところが、15人に減少するいうことですね。
ここで問題なのが、これをあなたが効果的だと思うかどうか、です。
100人の人がスタチンを内服して、そのうち5人が向こう5年間に心血管疾患を起こさなくて済むようになる。
でも
100人のうち80人はスタチンを服用してもしなくても、心血管疾患を起こさない。
100人のうち15人はスタチンを服用してもしなくても、心血管疾患を起こす。
では、スタチンの良い効果だけでなく、悪い効果にも目を向けてみましょう。
よく知られているように、スタチンを内服して筋肉痛を訴える人は多いです。
肝機能検査が異常になる人もいるし、記憶力が悪くなったという人もいます。
また最近知られるようになっているのは、スタチンを内服することで糖尿病を発症するリスクが上がるということです。
筋肉痛を発症するのは5−15%程度のスタチン内服者です。
糖尿病を起こす確率は0.5-2%gぐらい。
結局、心血管疾患を起こすリスクが高いと、スタチンをとることで恩恵を得る可能性はあるものの、その確率の低さ、副作用の起こる可能性を考えると、簡単に「あなたはスタチンをとった方がいいですよ」と誰にでも言える訳ではないのです。
また、もしもあなたが恩恵を受けても(=スタチンを飲んだから心筋梗塞を起こさずに済んでも)スタチンを飲んだから心筋梗塞を起こさなかったのか、飲まなくても起こさなかったのかは知る術がありません。
経済的に考えて見るとどうでしょう。
政府のfundingがある薬は、国民の税金を使って、薬が必要な患者さんが高いお金を払わずに済むようになっています。薬が不要な人に、政府のfundingがある薬を処方することは、結局国民の税金も、患者さん自身のお金も無駄に使っていることになります。
多くの人が薬を飲んでいる、血圧のコントロールも同じです。
中程度の血圧上昇(収縮期160以下)まででは、降圧剤を内服しても、その効果はあってもそんなに多くありません。収縮期血圧140ぐらいなら、なんの効果もない確率が高いです。
これを読んでも、よくわからない。どうすればいいの?
非医療従事者の方は、CVDリスクなど聞いたこともないでしょうし、以上に述べたガイドラインや、薬を飲んで利益を得る確率というのがどのくらい高いか(または低いか)などは、知らなくて当然です。
それも一つの選択肢ですけれど、できればご自分の人生の大切な1つの選択として、まずGPの説明を聞き、話合ってほしいと思います。
最終的にはご自分で、自分の人生には何が大切で、何が自分に一番良いと思うかを考えて選ぶべきだと思っています。
私達GPはその決定をするための援助をします。
最後に
私はスタチン反対論者ではありません。他の薬も同様です。
世の中にはCVDリスクが高くて、スタチンを内服することで得をする確率が高い人がたくさんいます。非常に高い血圧を下げて、他の臓器が悪化する確率を低くする事もできます。
ただ、あなたが薬を始めるかどうかは、医者に十分説明を聞いた上で決めてほしいと思っています。(説明を聞いても、どちらがいいか決められず、GPのおすすめを聞くのも、選択肢です。)
私は基本的には薬を自分で飲むのも嫌いですし、患者さんにもできるだけ必要になって欲しくないと思っています。
薬以外で、あなたの高いコレステロールが、血圧が、血糖値が下げられれば、それに越した事はないです。
もう少し食生活を改善する事はできますか?少し仕事の合間に運動する事は可能ですか?「健康的な生活にしたいけれど、時間がない」と嘆くあなたへ。このままの生活を続けて、薬を飲み続ける方がいいですか。
いろいろな事を総合的に考えて、あなたに一番良い選択肢が選べると良いなあと思います。