日本のインフルエンザの患者数が、やっとピークを越したようです。(2019年1月の4週目がピークでした)
厚生省の報告によると、今年のインフルエンザの症例数は、非常にインフルエンザが流行した前年をさらに上回っているようです。(下のグラフは厚生省のウェブサイトから引用)
例年、この時期には感染が落ち着いてくることは予想されているのではありますが、とにかくよかったです。
インフルエンザワクチンの接種
インフルエンザワクチン接種開始時期
こちらニュージーランドでは秋の終わりの4月−5月頃にGPでの接種が始まります。
日本でもほぼ同じで、秋の終わりの10月ぐらいから接種が始まります。
ワクチンでカバーされるインフルエンザウイルスの種類
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、インフルエンザにはいくつも種類があり、大まかにA型、B型、C型に分けられます。
WHOがそれまでの世界中各地での感染状況を見て、北半球、南半球それぞれでオススメを決めます。(インフルエンザが流行る冬が来るタイミングが、もちろんどちらの半球にいるかによって違いますからね)
最終的には、それぞれの国でどれにするのか決めるようです。
インフルエンザワクチンを選ぶときには、これから流行が予測されるものを選ぶわけですから、100%その予想が当たるとは限りません。
日本ではこの冬(2018-2019)は以下のワクチンが厚生省が推奨したものとして接種されています。
- A/Singapore(シンガポール)/GP1908/2015(IVR-180)(H1N1)pdm09
- A/Singapore(シンガポール)/INFIMH-16-0019/2016(IVR-186)(H3N2)
- B/Phuket(プーケット)/3073/2013(山形系統)
- B/Maryland(メリーランド)/15/2016(NYMC BX-69A)(ビクトリア系統)
(WHOが推奨したものは
- A/Michigan/45/2015 (H1N1)pdm09-like virus;
- A/Singapore/INFIMH-16-0019/2016 (H3N2)-like virus;
- B/Colorado/06/2017-like virus (B/Victoria/2/87 lineage); and
- B/Phuket/3073/2013-like virus (B/Yamagata/16/88 lineage)
なので少し異なりました。(違う物を黄色でマークしてあります。)
ニュージーランドの2018年冬のワクチンは
- A/Michigan(ミシガン)/45/2015(H1N1)pdm09
- A/Singapore(シンガポール)/INFIMH-16-0019/2016(IVR-186)(H3N2)
- B/Phuket(プーケット)/3073/2013(山形系統)
- B/Brisbane(ブリズベン)/60/2008((ビクトリア系統)
でした。
これはWHOのその年の南半球の推奨に完全に従ったものでした。
今年(2018-2019)日本で流行のインフルエンザの型
厚生省のインフルエンザQ & Aウェブサイトによると
実際にこの冬日本で流行っているインフルエンザウイルスの種類は
- A(H1N1)亜型、 53%
- A(H3N2)亜型(香港型) 46%
- B型 1%
の3種類です。このうち、A(H1N1)亜型のウイルスは、ほとんどが平成21(2009)年に発生したH1N1pdmウイルスということです。
香港型は2016年、2017年のワクチンには入っていましたが、今年のワクチンには入っていませんでした。
こちらも厚生省のウェブサイトからの引用で、週別に検出されたインフルエンザの型をグラフにしてあります。以前の年のグラフもあるので、どんなウイルスがどの年に多く検出されているかわかります。
今年のワクチンの選択は外れたということなのでしょうか。
H3N2型のワクチンはいろいろな要因で効力があるものが作りにくいと、あるウェブサイトにあったので、そういうことが関係しているのでしょうか。それともワクチンが当たっていたウイルスは広まらなかった分、そうで無い型のウイルスが広まったのか。
私の知識ではよくわかりませんでした。
インフルエンザワクチンの効果
インフルエンザワクチンは他のワクチンに較べ、疾患の発病を抑える効果は低いということです。
どちらかというと、インフルエンザにかかった人の症状が重症化するのを防ぐという意味あいの方が高いようです。
先ほどの厚生省のウェブサイトにも以下のように書いてあります。
インフルエンザワクチンの最も大きな効果は、「重症化」を予防することです。
国内の研究によれば、65歳以上の高齢者福祉施設に入所している高齢者については34~55%の発病を阻止し、82%の死亡を阻止する効果があったとされています。
「インフルエンザワクチンの有効性」は、ヒトを対象とした研究において、「ワクチンを接種しなかった人が病気にかかるリスクを基準とした場合、接種した人が病気にかかるリスクが、『相対的に』どれだけ減少したか」という指標で示されます。6歳未満の小児を対象とした2015/16シーズンの研究では、発病防止に対するインフルエンザワクチンの有効率は60%と報告されています。「インフルエンザ発病防止に対するワクチン有効率が60%」とは、下記の状況が相当します。
・ワクチンを接種しなかった方100人のうち30人がインフルエンザを発病(発病率30%)
・ワクチンを接種した方200人のうち24人がインフルエンザを発病(発病率12%)
→ ワクチン有効率={(30-12)/30}×100=(1-0.4)×100=60%
ワクチンを接種しなかった人の発病率(リスク)を基準とした場合、接種した人の発病率(リスク)が、「相対的に」60%減少しています。すなわち、ワクチンを接種せず発病した方のうち60%(上記の例では30人のうち18人)は、ワクチンを接種していれば発病を防ぐことができた、ということになります。
現行のインフルエンザワクチンは、接種すればインフルエンザに絶対にかからない、というものではありません。しかし、インフルエンザの発病を予防することや、発病後の重症化や死亡を予防することに関しては、一定の効果があるとされています。
「インフルエンザワクチンは意味がない」ということが書かれたウェブサイトもあります。
他のワクチンのほどの効果が無いが、重症になるのを抑えるある程度の効果はあるというのが、いろいろな文献などを読んだ私の印象です。
また、このHuffpostの記事に、「インフルエンザと集団免疫」についても記事があります。
その記事の中に引用されている日本の研究者による研究によると、日本でインフルエンザのワクチンが強制接種になっていた時は、そうで無い時に較べると、学級閉鎖が優位に低かったとのこと。
こちらニュージーランドのimmunization advisory centreの”Effectiveness of inactivated influenza vaccines”という記事によると、インフルエンザワクチンの有効率は30-60%ぐらい。
受ける年齢によっても有効率は異なります。
ワクチンの接種率
日本
この厚生労働省の資料によると、2年前の2016-2017年の冬はほとんどの年齢において、50%前後の人がインフルエンザの予防接種を受けたようです。
今年の接種率は調べられなかったのですが、ワクチンの使用量を見ると最近数年は横ばいで、今年はワクチンが不足したということなので、多分今年のワクチンの接種率もあまり変わらず50%程度だったのだと思います。
ニュージーランド
ニュージーランドでは65歳以上は無料でインフルエンザワクチンを受けられます。
他にも病気を持っている方、妊婦さんなどには無料で接種されます。
こういう無料で受けられる年齢は接種率が高いと思いますが、そうでない若者から中年の人は、職場で無料で提供していない限り、自分でお金を払って受けるという人はあまりいないように感じます。
データを見つけられなかったのですが、近年のニュージーランドでのインフルエンザワクチンの供給は120万本強、ニュージーランドの人口は470万強なので、ワクチン接種率は25%−30%の間のようです(6ヶ月未満の赤ちゃんとかは接種しないですから、接種できる年齢だけで見るともう少し接種率が高いかもしれません)。
District health board(DHB)で働いている人はインフルエンザワクチンが無料で受けれらるのですが、政府の資料によると2018年のDHB勤務者の接種率は68%.
私達のようにGPクリニックで働く者は、通常はクリニックがお金を出してくれて接種をしています。(私も毎年受けています。)
ワクチンの副作用と接種率の低下
日本では1980年代から1990年代の始め、子供へのインフルエンザの接種は定期で皆学校で接種という感じでした。
その後、インフルエンザワクチン接種後の副作用で本人、または家族が国に損害賠償を求め、国が敗訴するケースが続いたため、結局インフルエンザは任意になりました。
日本でのヒトパピローマウイルス(HPV)のワクチンも、同じような経緯ですね。
強制接種であったワクチンの副作用があって(または副作用と自分が信ずる問題が起きて)ワクチン接種により被害を受けたと考えた時に、国を訴えるという思考はよくわかります。
メリットがあると言われて受けた医療行為で、デメリットを受けたのですから。
国にしても、ワクチンをすることで、何千、何万のヒトを将来救うことになるという目的でワクチンをしていても、ワクチンの副作用ということで、国が賠償金を多額に払うというケースがいくつもあれば、勧めるのが困難になるというのもよくわかります。
ワクチンを国が勧めなかったから、インフルエンザになって肺炎で死んだ。
だから国が損害賠償を払え、とか、
HPVのワクチンを国が勧めなかったから、子宮頸癌になって死んだ。
だから国がお金を払え、と言って、国が訴えられることはないでしょうから。
(もしもそういう判決があったら、教えてください。)
インフルエンザの検査
日本
日本にはインフルエンザの迅速検査キットが多く出回っており、開業医でも簡単に検査ができ、検査結果も5分ほどで出るそうです。
医療機関でしか検査はできないようです。(少なくとも、妊娠検査薬みたいに誰でも購入できるようになっていないようで、ホッとしました。)
発症後48時間に医者にかかり、検査した場合は保険適応があるようです。
あまり発症してすぐに検査すると、インフルエンザの感染であっても十分なウイルスが検体中に取れず、検査が陰性になるので、いろいろな日本のウェブサイトには「発症12時間以降、48時間以内に医者にかかりましょう」と書かれています。
ある日本の病院のウェブサイトを参考にさせていただいたところ、もしも初診でインフルエンザの検査を行ったら、医療点数は615点。1点は10円なので、かかる医療費は6150円です。
多くの人は医療費は3割負担でしょうから、患者さんとして払う費用は2000円です。
(実際は、これに薬代とかいろいろ加算されると思いますが。)
検査を求めてきた人たちは、もともと健康な人でも、検査結果でインフルエンザが陽性だったら、抗インフルエンザ薬を要求することが多いのではないかと思います。
(ただ知りたい、という人もいるでしょうが。)
医者やメデイアが『発症から12時間−48時間の間にクリニックへかかってテストすれば、インフルエンザがどうかわかり、薬が処方されるかもしれませんよ』と一般大衆に宣伝すれば、多くの人が「医者に行かなきゃ」と思っても不思議ではありません。
一番感染力が強そうなその時期に、クリニックまで出かけて行き、待合室で他の患者さんと一緒に待って、検査を受ける意味がどれだけあるのか、ということはメディアでは多分説明されていませんから。
ニュージーランド
ニュージーランドでは鼻から検査用の綿棒を入れて咽頭の拭ってサンプルをとり、それを検査するところでPCR法で検査するのが通常です。
GPの診察時にやると、検査の場所に送り、結果が戻ってくるまでに1日以上はかかるので、GPのクリニックではほとんど検査されることはありません。
検査して、結局陽性でも全身状態が悪くなければ抗ウイルス薬は投与されませんし、そもそも検査結果が戻ってきたときには発症が48時間以上経っていることが多いので、抗ウイルス剤を投与してもベネフィットが無い、ということになりますから。
インフルエンザの薬
日本
日本では今年、一回飲むだけでインフルエンザに効く!という噂の抗ウイルス剤が出ました。
ゾフルーザです。(1回内服で終了。約4800円 3割負担で約1500円)
これはウイルスの増殖そのものを抑えるという薬です。
下にリストした、今まで日本で使用していた薬は、患者さんの体の細胞の中で増殖したウイルスが細胞外に出るのを抑えるという薬でした。
吸入薬
- イナビル(1回吸入で終了。約4300円 3割負担で約1300円)
- リレンザ(1日2回5日間、全10回吸入。約3000円 3割負担で約900円)
経口薬
- タミフル(1日2回5日間、全10回内服。約2700円 3割負担で約800円)
この冬からはジェネリック医薬品も発売されていて、こちらは自己負担400円程度になるらしいです。
点滴
- ラピアクタ(1日一回で終了、約5600円、3割負担で約2000円−点滴料も含む)
日本の抗インフルエンザ薬市場がどれだけ大きいものか、このウェブサイトをみるとわかります。
2017年のデータで、抗インフルエンザ剤すべてを合わせた売り上げは 500億円以上。
患者さんがみんな3割負担したとしても、薬代の医療費だけで350億円の国税が使われたってことでしょうか?
健康な人は、抗インフルエンザ剤を投与されても症状が半日から1日早く軽減させるという効果しか期待できないのにです。
ニュージーランド
ニュージーランドではよほどインフルエンザが大流行したとか、病院でインフルエンザの検査をして陽性と出て、重症化する恐れがあるケースということで無い限り、抗インフルエンザ剤は使われません。
私がGPのトレーニングを始めた2007年から現在までの間で、GPが経口抗ウイルス剤を投与できた年はインフルエンザが大流行した2009年の1年しかなかったと思います。
処方できると言っても、いろいろなクライテリアがあり、それを満たさない患者さんには処方できませんでした。
2009年の流行時には、政府が2009年の5月から9月までは、(医師の処方箋がなくても)薬剤師の判断で薬局でタミフルが買えるようにしました。
処方箋があってもなくても、普通の免疫能力を持ち、病院に入院する必要がないような人には政府のfundingはなかったので、タミフルが$60-80(1日2回で5日)、またはリレンザが$65(これも1日2回で5日)ぐらいの値段でした。
抗インフルエンザ薬はインフルエンザの症状が出始めのできるだけ早い時期に処方しないと意味が無いので(日本と同じく48時間以内がクライテリアでした)、インフルエンザの迅速診断キットがなければ、確実に診断をつけてGPが処方することはほとんどできません。
私が抗インフルエンザ薬を処方したケースのほとんどは、インフルエンザを思わせる症状(突然発症して急激に悪化、高熱、風邪の症状に加え全身症状があるなど)があるか、インフルエンザと診断された患者さんと接触したとかいう患者さんで、重症化するリスクが高い人だったと記憶しています。
最後に
皆さんは、これらの情報を見てどう思いましたか。
日本での今回のインフルエンザの流行は避けられないものだったかもしれませんし、
- 簡単に仕事が休めない社会状況と倫理観
- 人口密度の高さ
- 公共交通機関の利用率の高さ
などいろいろとニュージーランドとは異なる要因がさらに流行をひどくしていたかもしれません。
ただ、検査や治療については、もちろん1日でも早く仕事に戻るという、日本人の伝統的な仕事第一の考えが影響して可能性はあるものの、多分製薬会社などが、メディアを通して積極的な検査や治療を勧めるように一般大衆をブレインウオッシュしているのではないか、という気がしてなりません。
絶対必要ではない抗インフルエンザ薬が出回ることにより、既ににいろいろな抗インフルエンザ薬に耐性のインフルエンザウイルスが検出されるなど、その弊害も出ています。
日本の医療システムでは、医者が検査や治療をすればその分保険点数を請求できるます。
そのため日本の医者の中には、本当に必要だと思わなくても(特に患者さんが希望すれば)インフルエンザの検査や治療を行う可能性もあります。
幸いなことに、ニュージーランドの政府は製薬会社にあまり踊らされずに、エビエンスのあるものを勧めるというスタンスを持っています(と私は信じているのですが)。
GPが抗生剤や他の薬を処方する際もいろいろと規制があるものもあり(それがまどろっこしいことや、どうして規制しているのかよくわからないものもあるのですが)一般的に言って、それが薬の適正使用に役立っていると思います。
多分日本からニュージーランドへ移られた方は、
「どうしてここではインフルエンザの検査をしてくれないの?」
「どうして抗インフルエンザ薬を処方してくれないの?」
と思うこともあると思います。
そういう場合は、本当に自分にその検査や治療が必要なのかどうか、他に感染を防ぐために自分でできることはないのかなど、一度GPと話をしていただきたいなと思います。