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医療トピック

乳腺外科医が『わいせつ行為』で訴えられた事件に思うこと

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2016年に東京足立区の病院で、乳腺外科医が術後に患者さんの病室を訪れて、わいせつ行為をしたとのことで、準強制わいせつ罪で逮捕・起訴された事件をご存知でしょうか。

ニュージーランドにいらっしゃる方は、聞いたことがないかもしませんが、日本ではテレビのニュースに出ていたかもしれません。

私がたまたまウェブサイトを見ていた時に、この事件のことを知ったのは、2018年の終わり頃でした。

事件の概要とその後の経過

事件に巻き込まれた外科医は、被害を訴えたこの患者さんを以前も手術したり、外来で診察したりしていました。

『事件』は2016年に東京の病院で起こりました。

患者さんは、乳腺の良性腫瘍摘出の術後に満室の4人部屋に入り、母親はカーテンの外にいたという、小さな物音でも周りの人に筒抜けの状況でした。

患者さんの主張は、術後にこの外科医が彼女のベッド脇に来て、手術のされた患者さんの胸を舐め、外科医自身の股間をこするという行為を行ったという、ものでした。

この主張を元に、外科医は逮捕され、3ヶ月にわたり拘留。

今年2018年に入ってから公判が再開され、2019年1月に検察側が『懲役3年』という要求をした後、東京地裁での判決が2019年2月に出て、この外科医には『無罪』が言い渡されました。

その後また検察が控訴して、まだ終決していない状態です。

高裁での公判が2020年1月、2月に予定されています。

 

自分が外科医であった経験から言っても、術後回診をしに行って、そこで患者さんに術後感染のリスクが上がる行為やわいせつ行為をするというのは、考えもつかないです。

術後の病院の記録にも、この患者さんが大声で怒鳴ったりしていたということが記載されており、普通に考えればこの患者さんの意識状態が麻酔の影響で普通の状態でなかったことがわかると思うのですが。

 

もちろん、患者さんにとっては、術後せん妄の状態でも、自分の感覚を信ずるより他はないわけですから、自分が被害者だと考えてもしようがない事だと思います。

 

結局この事件は外科医と患者さんという2人の被害者(このお医者さんのご家族や、患者さんが減った病院などを考えると、被害者は2人どころではないのですが)を出してしまいました。

検察側のずさんな証拠集めのやり方が、患者さんにはさらに自分が被害者であることを信じさせる結果になりました。

彼女が控訴することになれば、さらにお金と時間が無駄にされ、次の裁判官の考え一つで、この外科医がまた求刑される可能性もあるわけです。

心から、彼女が控訴しないことを望んでいます。

ずさんな検査をした人や、証拠がないのにこの外科医を拘留した責任者は、もちろんその責任を問われないようです。

だから、また同じような事が繰り返されるのだと思います。



このケースから私が学んだ事、考えた事

Chaperone シャペロン (付き添い)の必要性。でもそれだけでは解決しない問題

英語で、付き添いして監視する役の人のことをchaperon シャペロンと呼びます。

医学の世界では、医師が何かをするときに付き添って監視する人のことで、日常よく使う言葉です。

この事件は、もしもこの外科医が、看護婦さんと一緒に患者さんのベッドサイドに入っていれば防ぐことができたでしょう。

医者が患者さんと二人きりにならないよう、いわゆるシャペロンを用意していれば、という事です。

通常は医師のシャペロンをしてくれるのは看護婦さんなのですが、看護婦さんも自分の仕事で忙しいですから、常に看護婦さんを連れて回診するというのは、簡単なことではありません。

(今回のケースは患者さんの母親が近くにいたので、母親に一緒にいてもらうということができたかもしれません。)

病室にもモニターのカメラがあればいいのでしょうが、患者さんのプライバシーも守る必要があるので、そういうカメラの設置が妥当であるかどうかは、意見の分かれるところだと思います。

または、医師が自分だけで回診するときはモニターカメラを持って行って、何が起こったかを証明できるようにするとか。

(車のフロントカメラレコーダーのようなものです。事故の際は記録した状況から、どの車の運転手に落ち度があったかわかる。)

 

私も、通常の診察時に、女の人の胸の触診や、男女にかかわらず人には普通見せないような部分を診察する際は、患者さんにシャペロンがいるかどうか訊きます。

今まで「シャペロンを用意して」と患者さんに言われたことはないのですが、シャペロンは患者さんを守るというよりは、医者を守るために必要なのです。

カルテにも『シャペロンが要るか訊いたところ、患者さんはそれを断った』ということを記載します。

 

もしも、私が男の人を診察した後で「あの医者は不必要に私の体を見つめたり、指を突っ込んだりしていた」とか言われたら、シャペロンがいなかったら、私がそういった行為をしなかったことは証明できません。

勿論、その患者さんの言った事が真実であることを証明することもできないのですが、原則として患者さんの言葉は信じられ、医者は罰せられます。

まさに、この事件と同じです。

(そんなにデリケートな部分でなくても、男性医師が女性患者の胸の聴診をした際に、『医師が必要以上に念入りに胸の音を聞いていた』とか『胸を触った』とかいう事を患者さんが申し立てたケースを聞いた事もあります。

胸の聴診は、多分全部の患者さんの1/2か1/3にはしているので、胸の聴診時にシャペロンがいるのなら、一人看護婦さんが医者についていないといけなくなります。

どう考えても現実には不可能です。)



日本の警察や検察の捜査。冤罪はどの程度の頻度で起こっているのか。

今回の事件で、患者さんの訴えから警察が介入して、この外科の医師は拘留されました。

3ヶ月以上もです。

患者さんが言ったことが正しいかどうかが検証される以前にこのようなことがされるのは、理解ができません。

 

例えば、他の人の目の前で誰かを殺傷したというのなら、その意図がどうであれ、加害者は大衆にとって危険がある人間ですから、何かそれを防ぐ措置がなされるべきです。

 

日本では、被害者が『あの人が犯人です』と言ったので、その『犯人』が否定しても、そのまま拘留され、精神的、肉体的に追い込まれて、虚偽の『自白』をすることになる、というケースが明らかにいくつも知られています。

 

また、殺傷事件でなくても、税金逃れとかお金が関与したことで、政治家が逮捕され、拘留される。

医師が、医療事故で患者が被害を受けたことで、逮捕されて拘留される。

 

少し調べただけで、日本ではこんな記事がたくさん出てきました。

(少なくとも私が知る限り、ニュージーランドで医療事故が起こっても、意図的に医師が患者を殺傷したのでなければ、医師が拘置所に放り込まれるという事はないと思います。

 

日本で、訴えられた人間を拘置所に入れる公式理由は、「証拠隠滅」や本人が逃げるのを防ぐためらしいですが、私の印象では精神的、肉体的にストレスを与える効果を狙っているように思われました。)

 

この恐ろしい日本の警察、検察の事を考え始めたのは、たまたま図書館で読んだ

『検察に死の花束を捧ぐ』という柴野たいぞう氏を読んだ事に始まります。


検察に死の花束を捧ぐ

2011年9月5日、ある元・国会議員が自殺――。 2010年に電磁的公正証書原本不実記録の容疑で逮捕され、200日にもわたって東京拘置所に勾留された柴野たいぞう氏は、東京地裁で第一審判決がくだされることになっていたその直前、自ら命を絶った。 柴野氏が死の直前までかかって書き上げた告発の書。 特捜検察は何を狙っていたのか? 元国会議員はなぜ死ななければならなかったのか? 「執念を超えた鬼気迫る内容」(解説:大谷昭宏)

アマゾンの記載より引用

 

一度も読んだ事がない方は、是非お勧めします。

(ただ、怖い話は読みたくない。自分の小さな幸せな世界に生きていた、という方は読まない方がいいです。)

 

どうして、このような問題がわかっているのに、非人間的な日本の警察、検察などが変わらないのでしょうか。

 

本当に、この世界では一方ではいろんな事が進化しているのに、他方では、問題だとわかっているいろいろな事がなかなか改善していきません。

 

警察、検察は冤罪を作り(もちろん警察、検察の方が国民のために役立つ事もたくさんしているのは了解しています)、世界のある地域では宗教の違いを理由にした殺人が絶えず、会社のヒエラルキーの底にいる人は最低賃金で働いているのに、CEOは途方もない給料をもらっている。

 

私自身もお金があれば便利だとか、(良い事で)名前が知られたら嬉しい、という感情があるので、偉そうな事は言えないでしょうが、人間の金銭欲、権力欲はコントロールできなくなったら本当に恐ろしいなと思います。

最後に

いつ自分の身に、同じような事が降りかかるかもしれない。

今回の事件の経過を読んでそう思いました。

世の中の不条理を感じつつ、自分の小さい世界で、ベストを尽くすしかないのでしょうか。

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