依存性のある、違法な薬物の使用は世界中どこの国でも問題になっています。コケインやLSDなど、様々な種類のものが存在します。
このような薬物はブラックマーケットで取引され、ギャングが関与し、依存症になった人は人生をそのために台無しにしてしまうこともよくあることです。
ただ、このような違法な薬物だけが、危ないのではありません。私たち医師の処方する薬の中にも、依存性のある薬もあります。
医師がどのように患者さんと情報を共有し、どのように薬を処方するかによって、普通の生活を送っている患者さんを、薬物依存に陥れる危険もあります。
不必要に、医師がそのような薬を処方しないことが大切です。ただし、その薬がもたらす症状緩和と副作用や依存性の危険を両方考慮し、それでも薬を使うことがその患者さんのためになると医師が判断すれば、処方をする可能性があります。
例えば、癌性疼痛にモルヒネを投与するとか、ストレスで眠れない人に、短期で睡眠補助剤を投与するという場合です。
よくある依存性のある薬の例
モルヒネ系の鎮痛剤
コデイン、トラマドール (日本ではトラマール、トラムセットなど)、モルヒネなど。
ゾピクロンなどの睡眠導入剤
作用機序は次のベンゾジアゼピンに似ています。日本ではアモバン、ゾピクロン、ルネスタなど。
ベンゾジアゼピン系抗不安剤
ジアゼパム、ロラゼパムなど。
日本では非常に多く種類ののベンゾジアゼピン系の薬が市場に存在するようです。実際の処方量が他の国に比べて多いかどうかは、明確なデータはないようです。
ただ興味深いのは、日本で2018年に診療報酬改定です。
不安や不眠の症状に対し、12か月以上、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬を長期処方している場合の処方料、処方箋料が減額されました。つまり、抗不安薬や睡眠薬を医師がある患者に1年以上続けて処方していると、その処方箋に対する医師の収入が、他の処方箋を出した時よりも少なくなるという訳です。
このような改定が行われたのは、多分日本でベンゾ系の薬剤が長期に投与されることが多いからと推測されます。
処方箋の診療報酬点数を下げて、医師が処方を自ら減らす方向に持っていくのは、理想的な方法とは思えません。
本来なら医師自身が、患者に何が必要かを見極めて必要な薬剤だけを処方するべきです。どの薬をどれだけ処方するかが、医師の収入と結びついているべきではないと思うのです。
この件については、また日本の診療報酬システムの記事で書く予定なのですが、ただこのようなインセンティブはイギリスでも使われています。何か得をすることがあれば、やる気が出るのは医者でも患者でも、ほとんどの人間に共通していることなので、ここではその是非にまで議論を持っていくのはやめます。
依存性のある薬を投与する際に必要だと私が思うこと
薬を投与する目的と依存性について、患者さんへ十分説明すること
私がそのような薬を投与することを考慮した場合は、まず私がなぜその薬の投与を考えるか説明して、患者さんの意向を聞きます。
私が「この薬は使い方によっては、あなたがこの薬に依存症になる危険がある」と説明すると、だいたい1/4の患者さんは、「できるだけ他の方法で、なんとかできるか試してみたい」と言います。(統計をとったわけではないので、私の印象からの割合です。)
残りの3/4の患者さんは「私は依存症になるような性格ではないので、大丈夫です」と言います。
薬物依存の既往や家族歴があると、余計依存症になる危険は高くなるのですが、そうでなくても単に『性格』によって依存症になるかどうかが決まるわけではないので、その辺りも説明するのですが、その説明で患者さんの考えば変わったのは経験したことがありません。(何故そんなに自信を持って、依存症にならないと言えるのか私には疑問なのですが。)
時々、新しく私の働くクリニックにきた患者さんで、処方された薬の一覧を見ていると、依存性のある薬、特にベンゾジアゼピン系の薬を、医者から依存性の説明もなく処方されていることがあります。
また、最初の処方をする前に、他にどのような治療法があるか、例えば不眠であれば、睡眠の質を上げるために、他にどのようなことを患者さんができるかとか、不安であればどのようなリラクゼーションテクニックがあるか、カウンセリングはどうかなど、依存性がある薬以外の選択肢について説明しておく事が大切です。
もう一つ大切なのは、何をゴールとするかを患者さんと話し合っておくこと。例えば、問題が不眠であれば、毎日ぐっすり眠られることをゴールにしない、不安が問題であれば、完全に不安がない状態をゴールにしないことです。
疼痛管理であれば、完全に痛みがないレベルをゴールとするのでなく、毎日10分は奥さんと一緒に散歩に出かけられるとか、夜中に痛みで起きることがなくなるとか。何か実現が難しくないゴールをまず立て、それを見直していくことが必要です。
医師が頻繁に薬の見直しをすること
非常によくあるのは、「何日も眠れなくてこれ以上眠れない夜が続いたら、仕事や日常の事が安全に行えないときに、数日に限って睡眠補助剤を使ってください」とか「パニックになって、リラクゼーションテクニックを使っても、不安をコントロールできなかったら、抗不安剤を服用してください」と私が説明しても、毎日、睡眠導入剤や抗不安剤を使い始める患者さんもよくいます。
前回の処方箋で1ヶ月以上は保つはずなのに、短期間のうちに次の処方箋を頼んでくるので、わかります。
そういう場合は、できるだけ患者さんに外来診察に来てもらって、また話し合いをするのですが、「この薬がないと眠れなくて仕事にならないので、依存してもしょうがないからまた処方してください」とか「今ストレスがある状況にあるから、毎日抗不安剤がいるけど、来月になったら仕事が楽になるはずだから薬は止められると思うので、もう一度処方箋を下さい」と、いろいろな理由をつけて次の処方箋を要求されるのがほとんどの場合です。
一人当たりの診療時間も限られており、容易なことではないのですが、ここでただ処方箋を出さずに、もう一度他の治療の選択肢に戻って、薬以外に何かできることはないかを話し合います。
患者さんと取り決めをする
結果的には患者さんが薬に依存してしまうことがあります。
ほとんどの場合は、患者さんも薬の量や頻度を増やさないように自分でも気をつけるので、外来の度にチェックして、可能であれば薬の量や頻度を減らす方向に、患者さんと一緒に努力します。
ただ、中には、頻繁に処方箋や薬をなくしたり、他の医者に行って薬を処方してもらったりする患者さんもいます。
そういう患者さんには、書面でその薬についての取り決めをすることがあります。
基本的には、1。その薬は1人の医師しか処方できない、2。患者さんは決まった薬局を使う、3。次の処方日より前に処方箋を得ることができない、という事項を患者さんに理解してもらい、署名をしてもらいます。
この取り決めがあると、患者さんを守るだけでなく、医療従事者も患者さんに何度も処方箋を要求されて、対応に困るという事態を少なくする事ができます。
と言っても、患者さんはこの取り決めにかかわらず、外来受付に来て文句を言うかもしれませんし、ブラックマーケットから薬を買うかもしれません。結局は患者さんが自分でどうするかを決めるので、医師としては、患者さんが良い方向へ行くようにサポートするしかないのですが。
私が先日書いた患者さんの同意書です。クリニックの他のGP達にも見てもらい、意見をもらってまとめました。今後、同僚のGPも必要であれば使えるように、コンピューターシステムの中に入れてもらいました。興味がある方は、見てください。(英語で書かれています。)*スクリーンのサイズによって最初の薬のリストの部分が綺麗に揃って見えないかもしれません。
まとめ
私が一番大切だと思う事は、医師が薬物依存症の患者さんを作り出さないことです。
医師と患者さんの間で十分なコミュニケーションがあることが大前提です。患者さんは知らないについては(知らないという事実を)知らないので、知識のある医師のサイドから、依存性がある薬を処方する時は説明しないといけません。
この記事を読んでいる非医療従事者の中にも「私のもらっている薬は依存性がある薬なのだ」と初めて気がついた方もいるかもしれません。そのような方は、かかりつけの医師に質問し、この先の計画を明らかにしておいたほうが良いと思います。